つくば健康生成職域コホート調査(T-SOCS: Tsukuba Salutogenic Occupational Cohort Study)
T-SOCSって、なに?
1970年代に、つくば研究学園都市での相次ぐ自殺が「つくばシンドローム」として報道され、全国的に注目を集めました。そこで我々は、研究学園都市で働く方々の生活環境や心の健康に関する実態の把握によってメンタルヘルス不全の予防に資することを目的として、1988年に第1回調査を実施しました。その後も5年に1回程度、現在にいたるまで定期的に調査を継続してきました。現在では、つくばエクスプレスの開通をはじめとした生活環境の大きな変化と、心の健康の保持増進活動の推進により、研究学園都市特有の健康問題が取り沙汰されることは少なくなりました。
この間、平均寿命が延伸し、働く期間も長くなりました。これまでのように「病気にならない」だけでなく、「より健康になる」ためにはどうしたらよいかという、健康生成論という考え方が注目されています。そこで2021年度の調査からは、より健康的に働きつづけるために必要な要素を明らかにすることを目的として、調査内容を大幅な刷新しました。名称も、従来の「生活環境・職場ストレス調査」から、「つくば健康生成職域コホート調査(T-SOCS: Tsukuba Salutogenic Occupational Cohort Study)」に改称しました。
これまでの調査で分かったことは?
生活環境に関する項目では、研究学園都市での生活環境満足度は年々上昇していることがわかりました。しかし、1つだけ満足度が昭和63年と大きく変わらない項目があり、それが交通手段に関する満足度でした。渋滞を始めとした交通手段の改善が、研究学園都市の生活環境改善の課題であることが分かっています。
本調査では法定のストレスチェックが始まる以前から、仕事のストレスに関して調査を続けてきました。質的負荷(仕事の難しさなど)や人間関係の困難といったストレスを増強する要因の得点が過去と比較して漸増している一方で、仕事の裁量度、達成感、周囲の支援といったストレスを緩和する要因の得点も上昇していることがわかりました。この結果からは、研究学園都市で働いている方々が、やりがいやサポートを得ながら大変なお仕事をこなしてきた姿が想像できます。
健康・ウェルビーイングって、なに?
「健康とは何か」と聞かれたら、どのような状態を想像するでしょうか。世界保健機関(WHO)憲章では「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」と定義されています。このWHO憲章の文中に「ウェルビーイング」という言葉が使われています。以前の医学や心理学においては、病気やネガティブな感情が主な研究対象とされてきましたが、近年ではポジティブな側面に注目されることが増えてきました。ウェルビーイングは「人生がその人にとってどれだけうまくいっているか」「人生の幸せ」「人生の満足感」といったポジティブな概念として扱われ、様々な研究が進んでいます。
健康生成論って、なに?
健康生成論は、イスラエルの健康社会学者であるアーロン・アントノフスキー博士が「健康はいかにして回復され、増進されるのか」という観点からのその要因を健康要因(サリュタリーファクター : salutary factor)と呼び、健康要因の解明と支援強化を目指した理論体系のことです。疾病を発生させ、増悪させる危険因子(リスクファクター : risk factor)を軽減または除去するという観点に立つ疾病生成論とは、180度転換した理論体系です。
健康状態は、「健康(health ease)」と「健康破綻(dis-ease)」を両極とする連続体上に位置し、健康の極側へと動かそうとする力の要因が健康要因と呼ばれます。この視点に立つと、たとえどのような疾病や障害のある人であっても、より健康な状態を目指すことが可能になると考えられます。
SOCって、なに?
SOCとは、Sense of Coherenceを略したもので、健康生成論の中核的な概念です。直訳をすると首尾一貫感覚といわれます。自分の生きている世界は首尾一貫している、筋道が通っている、腑に落ちるという感覚が分かりやすいかと思います。SOCが高い状態にあると、ストレスフルな出来事や状況に直面しても健康を崩すことなく、成長の糧にすら変えることができ、元気に生きられると言われています。
SOCは、3つの下位概念からなります。把握可能感、処理可能感、有意味感の3つです。把握可能感は自分の周囲で起きる出来事は予測と説明が可能であるという確信を表す感覚、処理可能感は困難に対応するための資源(リソース)が得られるという確信を表す感覚、有意味感は、人生のさまざまな困難は挑戦に値するという確信を表す感覚とされています。
参考:山崎喜比古,吉井清子 監訳:健康の謎を解く ストレス対処と健康保持のメカニズム,有信堂高分社,2001.
コホート調査って、なに?
コホート調査とは、疾病の原因解明を目的とした研究手法です。ベースライン調査と数年おきの追跡調査により、生活習慣や健康状態、生活環境に関する情報収集を行います。疾病の原因を調査するには、すでに疾病にかかった人に過去の情報を尋ねるという調査方法もあります。しかし、昔あったことを思い出してもらう方法だと、どうしても正確でないところが出てきてしまいます。そこでコホート調査では、あらかじめ今の状況を調査しておき、数年後に疾病の発症との関連を調べることで、より正確に疾病の原因を探ることが可能となります。そのため、コホート調査により得られる情報は、ほかの調査と比較して信頼性が高く貴重なものとして扱われます。コホート調査では長期にわたって参加者の状態を追跡するため、参加者の皆さんの協力が必要不可欠です。
連載「ストレス社会を生き抜く働き方」
筑波研究学園都市における研究所等に勤務する職員の労働衛生(特に精神保健)の改善に関する調査、検討を行って所要の対策に資する。
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- コロナ禍における SOC 研究の動向
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- パワーハラスメントから生き抜くために-健康生成論からの検討-
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